熊エプ40号発行

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↑丸山の千枚田

僕が発行しているメルマガ「熊エプ」。その40回記念号を昨日、読者の方々に発行した。自慢じゃないが、今年最初の号だ。昔は一月に1回は出していたんだけどね。40回も発行していると、発行元も読書の方もだれてきて、面白い投稿は少なくなるし、投稿が少ないとこちらのやる気が失せてくるという悪循環。読者の皆さん、どんどこメールくださいね。

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熊野古道から戻りました

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↑大雲取越えの中ほど。苔の参道

20日朝2時に、熊野取材から帰京しました。海外取材並みの1週間の熊野滞在でした。

19日は丸山の千枚田、玉置神社、そして二木島港を撮影。和歌山、三重、奈良と取材し、東京までの1日18時間の走行距離は、なんと1000キロにもなりました。

今回は、熊野古道最大の難所である大雲取越え、小雲取越えに挑戦しました。大雲取越えの日は、いい天気でした。那智の滝そばの青岸渡寺の横から上り始めたけど、けっこう最初がきつかった。中辺路ルート(滝尻王子の坂)もそうだけど、最初の上り坂がどえらいきついんですわ。このままのぼりが続くと・・・と不安がよぎる。

今回は、熊野語り部のKさんと一緒だったので、道中いろいろな歴史や民話を聞きながら歩いたので楽しかった。根っからの新宮人で、僕と同じようにゼ音が言えない。「ここはデンコク的に雨の多いところです」「デンデン大したことありませんよ」「デッタイいい写真が撮れますよ」てな具合ですわ。

でも、山を登りながら話を聞き、ノートにメモし、そして写真を撮るという作業をせなあかんので、忙しい。ま、仕事やからしゃないの。

この古道の素晴らしいのは小口までの道中半分にある苔の参道ですわ。木漏れ日が苔の世界にまだら模様を描いている。それはそれはよかった。

木漏れ日や苔と風の遊び場所
木漏れ日はえらいよ苔活かす
鶯の声する方に苔の道
  
  なんてぇ句を作ったりして・・・

行程は14キロちょっとだけど、900メートルまで登るから、これは古道歩きというより登山です。けっこうきつい。その日ゴールの「小口自然の家」まで8時間の歩きだった。脚がパンパン、筋肉痛だ。「小口自然の家」は元中学校を改築した宿泊所。責任者の西やんと再会。チェックインすると、西やんが机の下から名酒「太平洋」を1本出してくれた。その気持ち、おおきによ。食事のときにしっかりと頂きました。

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↑モチツツジが美しい小雲取越え

翌日は小雲取越え。朝5時に目を覚ます雨が降っていた。逆に、雨に煙る熊野古道が撮れると、期待した次第。小雲取越えのガイドは、千葉から熊野に移り住んで16年というB女史。版画家でもあり、僕は彼女の銀座での個展を見に行ったこともあります。大胆な図柄で「女棟方」かな。再会を喜びあいました。

霧の海に咲くモチツツジの可憐な花。落ち葉が多く、それほど道が急峻ではなく、しっとり感ありやの。大雲取が男性的なら、この小雲取は落ち葉の古道がやさしく、なんとなく女性的だ。終点の請川まで6時間ほど。脚は少し痛いけど、でんでん平気。

今回、道中で面白い話をたくさん聞いた。まずダルの話やけど、これは熊野の木こりや旅人が山を歩いているときに突然動けなくなる現象で、地元では「ダルにつかれた」という。空気が一箇所に滞瑠結果の酸欠だろうと思う。熊野には、けっこうダルにつかれれた人、多いのよね。僕は2人にあったこと、あります。

もうひとつは山神さんの話。山神さんは女性だけど、べっぴんの反対なので美人に嫉妬する。そこで山神の祭りの時には、一番ブサイクな顔をした魚オコゼを奉納する。また山人が山に入るとき、最初にすることはチ●●ンを山神様に見せるそうだ。これで山仕事もうまくいくという。

ほいで、ニッポンオオカミの話。紀伊半島には明治の時代までオオカミが棲息していたそうだ。熊野の人たちはオオカミと共存していたという。詳しい話は、これから作る本に書きますよってに。

ほかに庚申さん信仰、ウラジロシダにまつわる話などいろいろありまっせ。乞うご期待!

今まで、中辺路や八鬼山(三重県側)などの熊野古道を歩いたけれど、今回のコースが一番よかったなあ。もう一度、友人たちとこの古道を歩きたい♪

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↑小雲取の桜茶屋跡から眺める、熊野の峰々。ここで鹿と出会う

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薮投手、開幕選手枠に入る。よくやった!

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元阪神の薮投手は、3月31日、SFジャイアンツの開幕メンバー25名の選手枠内に入った。投手枠でいうと12人のうちの一人だ。パチパチ。同じチームのフォルチュナート投手が入るか、薮なのか、紙一重のサバイバル戦争だったからの。これで一安心ですわ。

彼は新宮高校の後輩です。アリゾナのオープン戦で彼に会ってきたので、より親密感が湧きます。手紙も本も渡してきたし(下の写真)。彼はさっそく、新高の恩師の激励の手紙、ぼくのメッセージをブルペンで読んでくれた。

それに、俺ら根っからの阪神ファンやからの。そういえば余談やけどよ、日本での開幕戦、阪神が3連勝、巨人が3連敗。理想的なスタートですなあ。阪神はつなぎの野球を思い出したようだ。岡田監督もベンチワークを変えたようだ。負けた巨人軍。ファンの失望の顔が浮かんでくるわ。大局観のないチーム作りをするから、こんなことになるんじゃ。よくやった、ヤクルト選手たち。
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このフォルチュナート投手は、オープン戦10試合で防御率1.80という好成績を残していたので、防御率4点台の薮とは差があった。が、スタミナとか中継ぎとしての薮の力量を球団が評価したのだと思う。

薮は05年阪神からFAでアスレチックに入団、メジャー1年目で4勝1セーブ(主に中継ぎ)をマークしたが、1年で退団。06年ローキーズ傘下の3Aに属するが解雇され、メキシカンリーグなどでプレーしていた。なかなかガッツある男なのである。昨年はどこのチームにも属さず、浪人生活を送っていた。

今年の薮はSFジャイアンツの招待選手としてキャンプに参加。メジャ-で生き残れるかは、すべてオープン戦での結果次第だった。3年ぶりのメジャーのマウンドだ。過去に招待選手からメジャy-に這い上がったのは野茂に次いで二人目だ。しかも、日本人メジャー選手の中で最高年齢だ。野茂の39歳4ヵ月を抜いた。

新しい背番号は22。「この2年間は何にも拘束されることなくいろんな事を考えることができた良い時間だった。監督室に呼ばれたときはドキドキした。これからが本当の勝負。さらに気合いを入れて臨みたい」とプレスに語ったそうだ。今日4月1日、メジャーの開幕戦だったが、薮は3番手として登板、好投した。

今年メジャーリーグで生き残った日本人選手は25人中15人のみ。過去最高の人数だという。同じ39歳の桑田は解雇され、野茂も怪我に泣いている。高津も解雇されたね。熾烈な生存競争ですわ。

39歳の年齢にもめげず、しぶとく夢を追う薮投手に乾杯!努力の人、貫く人、薮よ、もう一度、メジャーでしぶとく花を咲かせてくれぃ。熊野魂をサンフランシスコ市民に見せたれ!日本でんこくの阪神ファンに「老いの狂い咲き」を証明したれ! 熊野人はぎょうさん応援しいやるで、たのむで!

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メジャーリーグのオープン戦

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23日夜、アリゾナの取材から無事帰国しました。今回はメジャーリーグのオープン戦の取材でした。わずか1週間で4試合を観ました。かなり忙しかったけどの。でも有意義な1週間やった。

アメリカでは二つの州でメジャーのキャンプが行われ、オープン戦が開始される。ひとつは東海岸のチーム、たとえば松坂のいるレッドソックスや、松井のいるヤンキースなどはフロリダに集まる。ここでのオープン戦は「グレープフルーツ・リーグ」と呼ばれている。アリゾナには、ドジャース、ジャイアンツ、カブス、ホワイトソックス、ダイヤモンドバックス、ロイヤルズ、マリナーズ、ロッキーズなどがキャンプを張る。

一方、アリゾナには西海岸や中西部の10チームが集まってくる。ここでのオープン戦は、州のシンボルであるサボテンの名前を取って「カクタス・リーグ」といわれている。

ぼくが行ったのはアリゾナのフェニックスで、この町の周辺には9つの球場があり、それぞれの球団が球場を持っているのだ。そして相互にオープン戦を行う。

今回は初日に、フェニックスを本拠地にしているダイヤモンドバックスの「チェイス・フィルド球場」内のレストランでウエルカム・ディナーを楽しんだ。2日目は「メサ・ホホカム球場」でシカゴカブスvsカンザスシティロイヤルズ戦を観た。試合前、カブスのロッカールームで中日から移籍した福留外野手にインタビュー。メジャーの空気に溶け込んでいるようだった。下馬評では5番を打つようだが。福留選手にその辺を聞くと「いヤあ、監督次第ですからねぇ。僕は何とも言えません」ということだった。

フィルドでの取材パスを貰ったので、球場内をウロウロしていると対戦するロイヤルズの白井コーチ(元日ハムコーチ)に声を掛けられた。ロイヤルズ新監督は元日ハムのヒルマン氏だ。白井コーチと監督の写真を撮った。
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翌日は「ペオリア球場」でマリナーズvsダイヤモンドバックス戦。このときはバックネット裏の貴賓席から観戦。マリナーズのアジア担当スカウト部長のテッド氏と一緒に目の前で繰り広げられるイチロー、城島の活躍に一喜一憂。テッド氏は佐々木大魔神、イチロー、城島と契約した有名なスカウトだ。テッド氏からこの3人の秘話を聞いたけど、ここでは書けん。こんど個人的に会ったときに話します。この日、イチローは3塁打を打った。

3日目はドジャースとシカゴホワイトソックス戦。外野席から見る。ドジャースの斉藤投手が登板した。最後の日はSFジャイアンツvsホワイトソックス戦。座った席の下にジャイアンツのブルペンがあり、そこでお目当ての薮恵壹投手が投球練習をしていたのだ。我が新宮高校の後輩ですわ。

ドミニカの選手かと思うほど日に焼けていて体も阪神時代より一回り大きくなっていた。彼に故郷の恩師からの手紙と本(新宮高校野球部名監督のドキュメンタリー「古角イズム」)をプレゼント。その日、薮投手は6回途中から2番手として登板し、1回3分の1を無安打、無失点と好投した。故郷からのプレゼントが効いたのかな(笑い)。ジャイアンツの招待選手なので、オープン戦の結果次第で解雇になるから必死だ。野茂、桑田、薮の39歳トリオの活躍を期待したい。

上の写真はホワイトソックスvsマリナーズ戦。キャッチャーは城島選手。中の写真はヒルマン監督(左)息子、白井コーチ。下はシカゴホワイトソックス戦で好投した薮恵壹投手とブルペンでの練習風景。
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最近のこと

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皆さん、お久しぶりです。なかなかブログの更新ができなくてね。すまん。すまん。

ここんとこ、どえらい忙しく、かつ充実しています。3月9日、長女の結婚式。互いの家族だけが集まりました。初めて「花嫁の父」をやったわけですが、バージンロードを娘と歩くときに、右足出すんやったか、左足やったか、ちょいとまごつきました。やっぱりキンチョーしていたんやろね。みんなから、ハンカチ何枚も用意しておけといわれていたけど、冷静だったな。娘は昨年夏に家を出て、役所に届けて一緒に住んで、ほいで新婚旅行は今年2月。一般的に言うと、全く逆の「流れ」で結婚式に突入しました。

式の後は食事会。新郎新婦を入れて総勢17名。仲人もなく司会者もなく、アットフォームな雰囲気のシンプルでゴージャスないい式でした。最近、若い人の間では、こういう食事会スタイルの結婚式が流行っているようです。新郎新婦は食事会の後、仲間への披露パーティのために渋谷に向かいました。会員制で70名が集まるとのこと。その車に乗る風景が、親として、なかなかええなあと思いました。

10日、読売新聞大阪本社広告局の取材を受けました。なんや「旅の広告特集」らしく、「旅の準備編」「旅のしかた」について1時間しゃべくりました。3月18日と26日の2回、読売新聞夕刊の広告ページに載ります。ゲラを見ると顔写真入で、けっこう大きなスペースです。関西の方、ちょっとチェックしてみてね☆

11日から函館へ。郊外にある北斗市の取材でした。美味しいシーフードをたくさん食べてきました。ホッキガイがうまかったなあ。この原稿を今書いている最中です。明日中にアップせなあかん。月曜日からアメリカだもんね。

北斗市から帰ってきて、グアテマラの原稿書きのラストスパート。以前取材したものがやっと陽の目を見ました。8p分の原稿で、アンティグア、グアテマラシティ、チチカステナンゴ、パナハッチェル、ティカール遺跡について書きました。改めてグアテマラの写真を見ると、織物文化の国だとよくわかります。ほんまに民族服の色の洪水です。特に朱色が目立つね。こういう原色の衣装を着ているちゅうことは、生命力にあふれているということでしょう。いやあ、今も瞼の裏でチカチカしてます。

17日からはアメリカのフェニックス(アリゾナ州)へ行きます。メジャーリーグのオープン戦の取材です。4試合見る予定。アリゾナには12チームがキャンプで来ていて、日本人選手は10人もいるとか。イチローのプレイを見るのが楽しみですわ。それと高校の後輩である薮投手(元阪神)が、サンフランシスコジャイアンツの招待選手としてフェニックスに来ているので、彼に会えれば「がんばれよ」と激励し、彼の恩師から預かったメールを渡してきます。今、メジャーリ-グについて、お勉強中です。

アメリカの文化、そのものである野球について取材してきます。素晴らしいプレイをそばで見る幸せ♪ どや、ええやろ? ブログに書きますので、乞うご期待。写真(上)はフェニックスの球場(3A)、下はニューヨークの街角です。
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「音楽から見える『アメリカ』」

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昨日、僕がプロデュースしたマイク伊藤著「音楽から見える『アメリカ  カントリー&ウェスタンとともに40年』が誕生した。出版社は彩流社で定価は2100円。書店の店頭に並ぶのは2月25日頃からだ。

アメリカの中西部、ミズーリ州のブランソンという「音楽の都」で大活躍しているマイク伊藤。町一番のカントリーバンドでフィドル(バイオリン)、バンジョー、マンドリンを担当している。同じバンドに28年も在籍しているというのは、いかに実力があるかということと、いかに仲間とのコミュニケーションを巧くとっているかということだ。

この本に関しては、僕は企画から構成、編集と関わった。マイク伊藤は音楽活動が忙しい中、よく書いてくれた。最初はぎこちなかった文章も回を重ねるごとによくなってきて、行間に彼の品の良さが現れるようになった。

彼がサンフランシスコに渡った1971年から、アメリカの各地のライブハウスでのコンテストに飛び入り参加し連戦連勝、そしてブランソンに落ち着き、音楽活動をする話。アメリカ人のライフスタイルについての話や日本人への提言など興味深い話が満載だ。

本の腰巻には、明治大学軽音楽部で1年先輩だった宇崎竜童氏の推薦文が書かれている。「アメリカで生き、アメリカン・ミュージックを愛し続けてきた日本男児・マイク伊藤が語るアメリカど真ん中。決断の人、天性の人、貫く人、運を引き寄せる人・・・その勇気、貰った」。団塊世代を勇気づける日本男児のアメリカ滞在記だ。
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火祭りから帰ってきました

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今朝、バスで熊野から帰ってきました。雪のため高速道路が不通になり、一般道路を走ったために、余分な時間がかかりました。

今年のお燈祭りも盛況でした。上の写真が今年の火です。勇壮に燃えていますね。そんなに事故もなかったみたいですわ。日本のテレビ局はもちろんのこと、英国BBC放送、韓国MBC放送が取材に来ていて、特に、BBCのカメラマンは大浜海岸での禊のときのふんどしスタイルに、どえらい興奮していたみたい。今年ははみ出し(チ○チ○の横漏れ)がなかったからよかったけどの。僕も後ろから撮影していたんだけど、けっこうユーモラスなもん。本来神聖なものなのだけど。あの映像が全世界に流れるというのは、ちょいと複雑やの。

今年の1番を狙う競争レースは、稀にみるデッドヒートやったみたいや。愚弟のプログから無断で借用すると・・・

「今年のお燈祭り上り子一番下山レースは、稀にみる競り合い」

 介錯担当、地元青年団団長N山くんのリポートでは、

 「一番で下りてきた3連覇を狙うA(某消防署勤務)が、なんと大鳥居通過後に転倒。競り合って下りていた2番手B(不詳)がここぞとばかりAを追い抜く.ところが,一位になったBも大鳥居からゴール太鼓橋までの途中でスッテンコロリン。それを追いすがるAが,立ち上がって走り出すBと太鼓橋上で乱闘開始。そこへ3番手のC(不詳)が、乱闘無視してゴールすればええものを、なんと乱闘に加わり、三つどもえの争いに発展。まるで三国志みたいな状況を繰り広げ、だんご状態でゴール。だれが一番か微妙なところだが、ギャラリーの大勢は3連覇を狙ったAだろうとのことでしたわ」と語ってくれました。N山くん、レポートおおきによ。

小生、祭の後、熊野三山を取材しました。ラッキーだったのは山間部に雪が降り、雪化粧の熊野本宮大社を撮影できたこと(下の写真)。荘厳でいいものでした。また旧社地跡の大斎原(おおゆのはら)も雪に埋もれ、スピリチュアルな雰囲気が漂っていました。また、今回も面白いシンクロにティが起こり、素敵な人との出会いがありました。
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↑白と黒の対比が美しい、熊野本宮大社
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↑九案の本宮大社の旧社・大斎原の雪景色。僕も初めての体験


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お燈祭が近づいた、ヤアヤアヤア

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郷里の有名な火祭り、お燈祭が近づいてきました。もう気分はすでに、いこっています。明日、帰省します。地元では悪友が手ぐすね引いて待っています。さっそく前夜祭ですわ。

小学3年生のときに初上り(参加することを「のぼる」、「あがる」と言います)。あれから30回以上も上っています。何回上ってもあきんの。これは上り子、でんいんの感想ですわ。
 
 白装束に荒縄を巻き、手には1メートル大のたいまつをち、神倉山に上り、火をもらい、急な石段を我先にと駆け下りるという、実にシンプルな祭です。山車も歌舞音曲もない。祭当日もシーンとしていて、活気が出てくるのは午後3時を過ぎてから。その時から町の通りは、まるで劇場のように華やかになります。祭につき物の喧嘩があちこちでおこります。和歌山県警から50人の武装機動隊が来て警備をするんですわ。こんな祭、日本にはそうないでしょう。

参加者は上り子(「のぼりこ/あがりこ)と呼ばれ、その数役2000人。女性は参加できません。あしからず。

伝承によると、神武東征のとき、地元の民たちがたいまつを持って、一行を出迎えたのが最初といわれていますけど、記録に残る最初の祭は574年。そこからかzぺても1400年も経過しています。

祭の舞台は神倉神社。源頼朝が寄進した538段もある急峻な石段を上ると、大きなゴトビキ岩(カエルの意味)が見えてきます。この大きなカエルの形をした岩がご神体です。古代から神の依代(よりしろ)として崇め奉られてきました。でもね、この岩を遠くから眺めるとチンチンにも見えるんですわ。こんなアホなことを言ったら、熊野の神さんに、ばちきられるかいの。すまん、すまん。

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↑白装束に荒縄を巻き、手にはたいまつ。出陣前のハイな気分の記念撮影

午後8時、たいまつに点火、夜空を焦がす2000本のたいまつの火の帯はまさに火のパワー、火の行進だ。「山は火の滝、下り竜」と民謡に歌われる豪壮な荒ぶる男の晴れ姿。

東京から12人ぐらい、ぼくの仲間が参加します。道中から祭りムードですわ。

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小樽フェス

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↑還暦バンド、「シャギー・マウンティン・ボーイズ」の面々


この写真は、昨年の「小樽カントリー&ウェスタンフェスティバル」の写真です。なかなか素敵なフェスティバルでした。フェスの後の打ち上げパーティが盛り上がり、いろいろなミュージシャンと知り合いになりました。で、その主催者のRさんから今年の「小樽フェス」の応援メッセージを書いてくれないかと連絡があり、喜んで1200字ほどの文章を書き、昨日送りました。

一部を紹介します。
 
アメリカのミズーリ州にブランソンという小さな町がある。カントリー・ミュージックの故郷で、人口はわずか6000人ほどだが、そこに劇場が40も並び、今や新しき「音楽の都」として知られるようになった。毎年800万人もの人が訪れるという盛況ぶりだ。
 
そのブランソンの取材に行って、ぼくは素敵な日本人・マイク伊藤に会った。彼はこの音楽の都で30年以上、カントリー音楽バンドの中心的メンバーとして大活躍している。このマイクに、小樽に行くとメールを出すと、小樽フェスの中心的な世話役を紹介してくれた。

そのHさんに現地でお会いし小樽をガイドしてもらいました。そのとき、小樽フェスの話が出て「ぜひ来てください」と誘われ、昨年6月に小樽を再度訪問。すっごい盛況ぶり。市民が手作りの音楽会に感動しました。

その感動ぶりを、小樽フェスで当日配布されるパンフに、応援メッセージとして書きました。

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国際元気爺学会

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先日、59歳の誕生日を迎えた。還暦まであと1年。とほほ。上の写真は、小生20歳のときの海外放浪のときのもの。マドリッドのユースホステル「カサ・デ・カンポ」で撮った。このユースホステルは、ヨーロッパを放浪している日本人の溜まり場だった。門限なし。鍵なし。いろんな猛者がいたなあ。連中は今何してるんやろ? 食事も確か150円ぐらいでビーフにワインも付いた。俺は2代目番長にまつりあげられ職務を全う(?)。その後惜しまれながらロンドンに向かい、あの三島由紀夫の自殺を知ることになる。あれから39年か。光陰矢のごとしやね。

昨年暮れコロラドに行ったときに、地元のコーディネーターのK氏と知り合い意気投合。これからの人生を、いかに楽しく生きていくかなんて話をして「国際元気爺学会」を立ち上げることにした。世界各国で活躍する我が同胞の爺さんたちとネットで結び、楽しい老後を送りましょう、というわけだ。まずミクシィを立ち上げた。興味のある方はメールください。

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40年ぶりの旧古河庭園

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14日の成人の日、駒込の旧古河庭園で友人のモデルの撮影をしました。風こそ吹かなかったけれど結構寒く、モデルさんも僕も震えながらの撮影でした。モデルさん、よく頑張ってくれたね、サンキュー。

この古河庭園は、僕の大学から近かったのでよくデートに来たところです。40年ぶりのセンチメンタル・ジャーニー。庭園にそびえる洋館はイギリス人の建築家ジョサイア・コンドルの設計だ。彼は明治時代のお雇い外国人のひとりで、東大工学部建築学科の基礎を作った人で、弟子には東京駅などを作った辰野金吾らがいます。コンドルは鹿鳴館やニコライ堂を設計した。この人が日本に来なければ、日本の洋館の歴史は大きく変わっていたに違いない。

最近、洋館を取材することが多い。昨年は小樽の洋館をいくつか訪れた。小樽は「北のウォール街」と呼ばれるほど、国際的にも繁栄した商都だが、ここに残っている洋館を巡っていると、このコンドルの名前がいたるところで出てくるわけだ。要するに彼ら建築家の師匠として。

今回久しぶりに旧古河庭園で彼の作品に接した。存在感のある素晴らしい洋風邸宅だ。再度訪れる機会を与えてくれたモデルのHさんに感謝♪

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中山競馬場

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1月6日、中山競馬場へ。明治大学の知り合いの教授から連絡があり「明大の体育会のOB会を中山競馬場のクリスタルコーナーでやるんだけど、来ない?」「僕でもいいんですか?」「俺、招待券10枚持っているんで誰でもオッケー。酒を飲み、旨いものを食べながら競馬を楽しみましょう。そのかわり、ジーンズじゃだめだよ。ネクタイ着用、わかった?」ということで、これはあまり経験できないことだと思い、行ってきました。クリスタルコーナーは別棟の5階にあり、部屋が10ぐらい並んでいて、明大の部屋は6号室。真下にゴールが見える絶好の部屋でした。馬券売り場も同じ階にあり、非常に便利。当然混んでいません。

僕の人生がギャンブル、と思っていて、競馬などのギャンブルをやる余裕は無いのですが、今回はちょいと試してみて、9レースの単勝をゲット。ま、今年のいい幸先でした。

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新春大吉

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↑コロラド州デンバー郊外のレッド・ロックス劇場で

明けましておめでとうございます。暮の海外取材が強烈だったので、正月は寝正月。もともと寝正月というのは、江戸時代、大晦日に神様が来るのをじっとまって徹夜したので正月に寝るということだたらしいです。

みなさんの今年の抱負は?
ぼくは、今年はアメリカの作家ウィリアム・フォークナーの作品を読もうと思っています。大学で英米文学科時代、この偉大な作家の真髄にちょいと触れました。故郷の先輩・中上健次の「路地」はフォークナーが描くヨクナパートファー郡と重なります。フォークナーはヘミングウェイの同時代の作家(2歳年上)だけれど、作風、身体、ライフスタイルともに好対照です。

ぼくがこの作家の作品を読もうと思ったのは、昨年、ミシシッピ川周辺のフォークナー作品の舞台周辺を旅したからです。ニューオリンズには彼が最初の作品を書いたときに住んでいた家も残っています。

もうひとつは、故郷の熊野の歴史について勉強すること。今年、熊野の旅行ガイドブックを書くので、勉強しなおします。

まだまだ、やりたいことがいっぱいあるのですが・・・やりたいことがあるというのは幸せなことです。日々是好日。

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零下4度の快楽

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コロラド州の州都はデンバー。その西側に向かって2時間ほど走るとスティームボートの町がある。この地名は「蒸気船」の意味。何でこんなロッキー山中に蒸気船? と思うかもしれない。この周辺には温泉がいくつも湧いていて、昔、洞窟から温泉の蒸気がシュッシュと出ていたので、それを見た人がまるで蒸気船」のようだ言ったことから、この名が付いたという。

そのスティームボートの郊外に露天風呂がある。入場料は10ドルぽっきり。山肌から温泉が湧き、下の浴場に流れ込んでいる。大きな5つの浴場があり、温泉の滝もある。東屋で海パンに着替え一目散に温泉へ。マイナス4度でっせ。寒い! のは当たり前田のクラッカー(←古い、古い)。一番大きな浴場は41度と、けっこうな温度。ちょいと硫黄の匂いがしたが、温泉は透明だ。底には砂利が広がり、所々に岩があった。もともとアメリカ先住民族ユート族の聖地だったようだ。雪に囲まれ上を見上げると見事なアスペンの森。極楽至極♪ ここの森は生命力に溢れ、こちらにまで伝わってきた。なんや青森の露天風呂に入っているような気になった。

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コロラドから帰りました

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20日夜、コロラド取材から戻りました。11月9日から続いた4回の過酷な(?)海外取材も無事終了。アルゼンチン、フィリピン、ニューオリンズ、今回のコロラドと、とにかくやりました。この40日間の海外取材、おかげでけっこう身体に自信ついたね。

コロラドでは、デンバー、ボールダー、スチームボート、ベイルを回りました。ボールダーは標高1600メートル、高地トレーニングの場所として有名で、あのマラソンの高橋Qちゃんが頑張っていたところです。

今回も白かったのは、スチームボートでの乗馬ツアー。雪に覆われたアスペンの林の中を、馬12頭で突き進んでいきました。マイナス12度。でも、快晴で風がなく、しっかりと着込んでいたせいか、それほど寒く感じなかったな。シャッターを押すときには手がしびれてしまったけどの。1時間半、ロッキー山脈の麓を旅する贅沢。今、ここにいる幸せを感じた旅やった、の。

コロラドで世話になった、日本人コーディネーターのきよさんと「国際元気爺学会」を」設立することを決定。元気な爺さんのネットをを作り世界に発信するで。乞うご期待!


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ニューオリンズから帰国

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3日前に、ニューオリンズ旅行から帰国しました。
あのハリケーン、カタリーナの影響はどうかいな、と思って町を歩きましたが、ニューオリンズの中心地であるフレンチクォーターはほとんど被害は無かったようです。

ニューオリンズはミシシッピ川より低いところに位置していて、いわばスープ皿の底に広がっている感じです。フレンチクオーターはちょいと高台にあるために難を逃れました。映画「欲望という名の電車」に登場する墓場には、たびたびの洪水に備えてすごく立派な小さな家のような墓が並んでいました。

フレンチクオーターでは、ジャズ三昧。やはり本場で聴くデェキシーランドジャズはよかったですわ。週末は、夜の2時と言っても歌舞伎町ほどの賑わいでした。4軒、はしごしました。

その後、ラファイエットやレイクチャールズを回り、ケイジャン文化を楽しんできました。このエリアはカナダのフランス系の人たちが、英国の支配を嫌ってこの地に移住してきたところ。今でもフランス語を使っていますし、フランスの伝統文化を伝えています。ケイジャン料理の代表的なものはジャンバラヤ(歌のタイトルにありますよね)、ガンボ、それにザリガニやカニ料理。おいしかったですよ。

明後日から、今度はコロラド州取材。老体に鞭打って、取材を続けまっせ。
ほいだら。


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フィリピンから帰ってきました

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昨夜、フィリピン取材から戻りました。
今回はパラワン島の北部にあるブスアンガ島の離島に行ってきました。ジュゴンと泳ぐためだったのですが、なんせ、相手は野生なので、そうはうまくいかず取材には失敗しましたが、いろいろと面白い話を見つけてきました。それは次回に書きます。

フィリピンで台風に遭い、予定した日に帰ることができず、別の島のリゾートで延泊しました。こういうときの航空チケットの予約やり直しはけっこう面倒くさい。あっちの事務所に行ったりこっちの事務所に行ったりで、けっこう時間を食いました。

それにしてもフィリピン・ホスピタリティという言葉があるぐらい、田舎の人はええねぇ。笑顔が素敵でした。

明日から老体に鞭打ってニューオリンズへ行きます。今年は音楽がらみの取材が多いですわ。メンフィスのブルース、ナッシュビルのカントリー、ブエノスアイレスのタンゴ、そしてニューオリンズのジャズとね。

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酒池肉食

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昨夜、初夏の南米取材から帰国しました。今回はアルゼンティンとウルグアイの取材でした。アルゼンティンはジャカランダの(写真)の美しい薄紫の花が頭上を覆っていました。メンドーサからチリの国境近くまでドライブし、アコンカグアの雄姿を眺めてきました。

アルゼンティンではタンゴショー、ワインのテイスティング、わらじ大のステーキと、まさに酒池肉食の毎日でした。
ウルグアイの首都モンテビデオではサッカー観戦。このセンテナリオ・スタジアムは、第1回ワールドカップが行われたことで有名です。

明後日からフィリピンのパラワン島に行きます。ジュゴンと一緒に泳げれば♪

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冷やかす

僕は、毎朝ベッドの中でラジオを聴いています。朝6時半から始まるTBSの森本毅郎さんの番組のファンです。日替わりのゲストがいい。特にお気に入りは、詩人の荒川洋治、書評家目黒孝二、環境学の月尾教授です。8時半にこの番組が終わるや、すぐ文化放送の「くにまるワイドごぜんさま~」に切り替えます。気に入りのゲストは、えのきど、ジャーナリスト二木、その他ですね。

そのくにまるさんの今朝の番組です。今日のテーマは「好きな言葉」。そのイントロで「冷やかす」と言う言葉の話が面白かった。我が故郷、熊野ではよく使う言葉です。国語辞典にも載っているので、けっこう一般的な言葉なんでしょう。

ほいで、その意味はと言いますと、「からかう」「買いもしないのに店をぶらぶらする」ってな感じかな。「暇やさか、ちょいと店、冷やかしてこようかいね」なんて熊野では使います。そうそう、昔、熱いアベック(古いねぇ)を見たら、ぼくらガキたちは、口笛を吹いたり奇声を発したりして「冷やかしました」。

で、、今朝の番組で教えられたことは、「冷やかす」とは江戸言葉で、江戸時代に和紙職人が和紙を乾かす(冷やす)間に、吉原などに出かけ女性を眺めてはからかい、決して部屋には上がらずに時間をつぶしたことに起因するそうです。

なるほど。紙を冷やす→冷やかす、という言葉が生まれたんですね。「冷や乾かす」が語源かいね。ひとつ勉強になった。熊野では、同じような言葉で「てがう」という表現もあります。これは「からかう」ことで、「今度、あいつの芸をてごたろらい」という使い方をします。だけど「店をてごたろう」という言い方はしません。

みなさん、もっとラジオを聴きましょう。

小生、明後日からアルゼンチン・ウルグアイ取材です。また、面白い話を仕入れてきます。ブエノスアイレスのブランドショップを「冷やかして」きます。

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小樽

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昨日、小樽の原稿アップ。今年の2月と6月に取材したものを8pにまとめました。来年旅行雑誌の1月号に載ります。2月の取材は、小樽運河を中心とした「雪あかりの路」で、6月は「小樽カントリー&ウェスタン・フェスティバル」の取材でした。手作りのコンサートで、なかなかよかったですよ。

写真は、2月の小樽運河。夜になると散策路にろうそくが灯り、運河の川面でろうそくを入れた浮き球が輝きます。なかなか幻想的ですよ。運河保存といい、このイベントといい、小樽の人たちの故郷への愛情がたっぷりと理解できました。運河保存といい。このようなイベントといい、小樽の人の、故郷に対する熱い思いがよく分かりました。ぜひ2月に小樽に行ってください。

そうそう「雪あかりの路」のネーミングは、小樽ゆかりの文豪伊藤整の「雪明りの路」に由来する。伊藤は小樽商高時代、同校の学生だったプロレタリア作家小林多喜二と知り合っています。小樽が商港として多分最も活気を呈していた時代でしょう。

小樽の歴史を調べていると、北前船の船主たちが小樽の経済に貢献しているとうのが分かります。北陸の商人の活躍です。彼らの活躍がなければ「北のウォール街」といわれるほどに小樽は繁栄しなかったに違いない。もっと詳しく調べてみます。今は商都として寂れてしまったけど、「月明かりの路」「小樽フェス」で注目されています。

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東奔西走 当人精精

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毎年平均7回海外に取材に行っていますが、この11月中に3回回回も海外取材が集中しました。これは、どえらい。今まで初めての体験です。

まずメルコスールの招待でアルゼンチン・ウルグアイへ。メルコスールとはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ4カ国の経済共同体で、いわばアセアンのような組織です。

今回の旅ではブラジルのアマゾンコース、パラグアイコース、そして僕が行くアルゼンチンコースの3つがあります。南米は7カ国すでに行っているのだけど、ウルグアイは初めてなので楽しみ。アルゼンチンは地球儀で言うと日本とちょうどま反対の位置にあり、季節も逆で今や初夏だ。時差はマイナス12時間。日本とちょうど昼夜が反対になっている。

帰国して、今度はフィリピンのパラワン島北部に浮かぶブサンガ島へ行き、ジュゴンと一緒に泳ぐ取材をします。でも野生の生き物なのでうまく遭遇できるか、神のみぞ知る。ここはかなり豪華な一島一リゾートなので、かなり楽しめそうです。

ほいで、今月末から」ルイジアナ州のニューオリンズへ。2年前カトリーナ(サイクロン)によって打撃を受けたニューオリンズの復興ぶりを取材した後、アメリカ南部のケイジャンの町を取材。ここはカナダに住んでいたフランス系の人たち(アカディアス人)が、イギリス支配を嫌い、ルイジアナに移住したところ。アカディア→ケイジャンと訛ったものです。古いフランス文化や特に音楽が残っているというし、アコーディオンと洗濯板で演奏するザディゴの調べも面白そう。ケイジャン料理(ジャンバラヤ)も楽しみです。

それとフレンチ・クォーターには文豪フォークナーが住んでいた家が、今「フォークナー・ハウス・ブックス」という古本屋になっています。ここでフォークナーは処女作「兵士の報酬」を書きました。ぜひ行きたいね♪ 何でかと言うと、フォークナーの影響を我が故郷の先輩の中上健次の作品に見るからです。フォークナーは、架空の町「ヨクナパートファ」というものを作り、その町で起こる話を小説に書きました。中上は自分の生まれた地域を「路地」と表記し、フォークナーと同じ手法で被差別部落の日常を描きました。フォークナー→ガルシア・マルケス→中上健次につながってきますね。

と、まあ行きたいところいっぱいあるんだけれども、団塊世代の小生。体が持つか。今夏、ウォーキングを一生懸命やったから、ま、大丈夫かとひとりで納得。栄養剤(今はサプリメントと言うそうですが)をいっぱい持って行こうっと。

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「白い大阪」

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建物の偽装、肉の偽装、菓子の偽装、亀田の偽装、政治の偽装、厚生省、防衛省、社保庁と、これでもかこれでもか「偽装」ばっかしで、いささか食傷気味。今日の報道によると、あの高級料亭吉兆の子会社も、賞味期限切れの菓子を、ラベルを張替え偽装表示して販売していたことが判明した。さきほど、専務か何もせんむか知らんけど、若い奴が記者会見で、自分は知らなかったみたいなことを言っていたけど、何ぬかす。会社の方針がなければ、こんあことできるわけないじゃん。久々に血圧が上がっています、ごうであります。

日本の古き良き時代、「お天道さまに顔向けができない」という公の認識があったのだけれど、今じゃバレなけれいいという風潮。この野郎バカたれでありますと,ひしくりたい今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

2007年は、後世の歴史家に「偽装の時代」とレッテル張りをされるでしょう。つまり「ウソが蔓延した時代」ということです。ほんまに矜持という言葉を知らんのか、おまえら。責任者でてこいぃ!と声を大にして言いたい。特に、赤福には怒りを通り越して、あほらしくなってくる。ばれなければええんかい。我々、消費者は何を基準にして者を買えばいいのか、分からなくなってきている。老舗だから大丈夫、一流会社やだから大丈夫、一流大学出身だから大丈夫なんて時代は、もう終わりなんですね。

で、先ほど、愚弟のブログを見ていて大笑い。
札幌の名物菓子「白い恋人たち」は、偽装で問題になったけど、大阪には「白い大阪」という菓子が売っているそうだ。さすが大阪商人、機を見るに敏ですわ。

愚弟の文章を引用すると・・・
「製造は、これまたあの『当たり前田のクラッカー』で、幼いわがらを楽しませてくれた前田製菓やだ。しかも外箱だけに『白い大阪』と書かれているのみで、中の菓子は包装されているものの、商品名の表示はなく、『これは旬が過ぎたら他の名前で使い回しする気やな』と勘ぐらせるつくり。肝腎のお味は…、可もなく不可もなしと申し上げておきましょう。うーむ、表示偽装問題に乗っかって、一儲けを企む大阪商人根性、参りました…」

ぜひ毒味をしてみたいもんやね、諸君。

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久しぶりに俳句

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うそ寒き鏡の中を子猫落ち
未来派の小犬の走りそぞろ寒

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内藤が勝った!

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今日の内藤・亀田次男戦を見た。内藤が勝って溜飲が下がる思いだ。ほんまに亀田ファミリ-というのは日本の恥である。日本の多くのボクシングファンは内藤選手を応援していただろう。内藤、よくやった!これで亀田一族も少しは静かになるであろう。

そういえば、試合前の記者会見で、内藤選手をゴキブリ呼ばわりし、「どんな試合をやりたいか? 歴史が変わるよ。お客にはその瞬間を見に来てほしい..。おれのパンチは宇宙一」とまで豪語し、内藤を完全に見下していた。見ていて胸糞が悪くなった。Pooh-pooh KAMEDA !

挙句のさんぱち、亀田次男は、負けたら切腹すると大口たたいていた。また内藤選手に向かってこんなこともぬかした。「 おまえも負けたら、腹を切れ」。では、いつ腹切りショーをやってくれるんかいの? TBSに独占中継の権利をあげよう。ま。悪いブラックジョークやけどの。
 
そういえば昨日、自殺サイトを運営する自殺幇助罪で33歳のおっちゃんが捕まったけど、この人に切腹の手伝いをしてもらったらよかったのになあ。1日遅かった。 こんなガキにえらそうなこと言われたくない。「浪速の弁慶」。誰がきめたんやろか?我が和歌山県は弁慶生誕の地として売っているんやけどの。あまり関係ないか。

それにしても、この試合を中継したTBSのアナウンサーも質が悪いね。「このままだと亀田が(TKO)で勝ちますよね」と、内藤選手の右瞼の上がもっと切れたら、亀田が勝つようなことを言う。採集ラウンドの大毅の反則行為にも「若さが出ました」だと。

ま、会社を上げて亀田一族に入れあげているわけだからしゃあないといえるかもしれんけどの。今日友人に聞いたら、試合後半、セコンドの父親が「ええかわかっているな、チXXを狙え」とけしかけ、兄の興毅が「ヒジでいいから目に入れろ」みたいなことを言っているそうだ。ユーチューブでその声が聴けるらしい。スポーツマンシップのかけらもない亀田一家であります。

もう一度、それにしても、日本のスポーツ中継はなんでこんなにワイドショー的になったのかね。フジのバレーボール試合しかり。頭の悪そうな女子アナが歌手の若者グループとキャーキャー言うわ、彼らがバレーコートで歌って踊るわ、こんなん、試合前の精神の集中が途切れるだろう。また相手のチームに対して失礼だろう?

今日のボクシング試合も始まったのは、番組開始から50分たってからだった。俺たちは、試合を見たいのだよ。お涙頂戴の個人的なことなど、どうでもええねん。試合をショー化するな、テレビ局よ。TBSもそろそろ亀田を見放したらどうだ。それとアナウンサーの質を高めろ!

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今日もウォーキング

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↑鶴川付近の鶴見川

今日も天気がいいので、自宅からウォーキング開始。我が家は鶴見川上流階級(おっと,中流か)に属していて、自宅から徒歩20分で鶴見川に出ます。家から川沿いに小田急線鶴川駅まで、ちょうど1時間の歩きです。途中にブックオフがあったりで、100円本を探したりしています。鶴川には、和光大学があり、また白州次郎・正子夫妻の「武相荘」があるところと知られています。

鶴川駅前のビルには本屋があり、ここでエアコンに当たりながら、新刊本を探します。至福の時間♪。昨日は出版されたばかりの「荒地の恋」(ねじめ正一著、文藝春秋)を購入。この本は、戦後詩の「荒地」同人の間の女性問題を、同人の詩人北村太郎の視点で書いています。北村が同人の田村隆一(しかも高校時代からの大親友)の夫人に恋心を抱き,53歳で家出をする話です。

つまり詩壇の「火宅の人」。しかも田村に愛人ができ家を出て行き、北村もファンの若い女性とねんごろになり、今度は田村邸に北村が居候。それまで2冊しか詩集を出していなかった北村が、一気に詩集を何冊も出す。小説を書く、詩を書くというのはかくも狂わなければならなければいけないのか、と思う。

小生、田村隆一の詩のファンで、学生時代にヨーロッパ・中近東を放浪したときに、彼の詩集をリュックに入れていきました。エーゲ海の船の上で、ロンドンの安宿で、インドの列車の中で読みました。詩集はもうぼろぼろ。彼の詩の中で「一篇の詩が生まれるためには、/われわれは殺さなければならない」や「針一本/床に落ちてもひびくような/夕暮れがある」「谷間で鴉が死んだ/それだから それだから あんなに雪が降る/彼の死に重なる生のフィクション」などのフレーズは頭に残っている。この小説で描かれるアル中の田村の行動、憎めない日常が面白おかしく、一気に読めた。どや、この本読んでみんかい?

すまん、すまん、話が脱線してしまったの。
今年の夏は、どえらい暑かったけど、それなら逆療法や、炎天下歩いてやろやないかい、と一念発起。2日おきに1時間~2時間ほど歩きましたで。鶴見川をベースに、多摩川や相模川まで遠征。よく歩きました。そのときの3点セットは、デジカメ、小型ラジオ、水です。ラジオではAFM放送(昔のFEN)以外、聴きません。午前中は、カントリー音楽や懐かしのヒットパレードのディスクジョッキーがあるんで、いい英語の勉強になります。時々、立ち止まってはデジカメでパチリ。また浮かんだ一句をノートにメモします。将来発行する句集には「南洋館」と名付け、少しづつ俳句を増やしています。で、そのおかげでの、今年は夏バテもなし。もともと夏には強いんやけどの。

小生、意外と脚力あるんですわ。ホノルルマラソンをはじめフルマラソン4回完走、ハーフ10回以上、10キロレースは20回以上参加しました。が、今から何年前やったか、ハワイのマウイマラソンに行ったとき、行く前から左足が痛く、結局スタート地点にも立てませんでした。

帰国して、行きつけの整体の先生に診てもらうと、腰が少し悪いということでした。先生から、走るより歩けと言われ、歩き始めたわけですわ。しかし、ニューヨークマラソンを走る夢は捨ててないけどの。

ほいでの、ウォーキングをかなりやっているので、海外取材に行っても若い記者たちにも十分ついていけます。
先日のマレーシア取材のときに、ボルネオのムル洞窟で、自分の脚力に自信を持った。ムルのディア・ケーブに行くには、ジャングルの中の遊歩道を3キロ強歩かなければなりません。ぼくはそこを30分で歩きました。同行のレインジャーに「あんた、脚、速いやおまへんか」と褒められました。時速6.5キロですわ。それで、でんでん息切れなし。いやあ、日ごろの歩きの賜物やと思っています。

トラベルライターという職業は、まず歩くことから始まります。しかもカメラ機材など10キロ弱の荷物を肩に担いで歩くわけです。だから、歩きが基本なんですわ。小さく生んで、元気に育ててくれた両親に感謝深謝。エフカリスト、テレマカシー、グラー謝ス。
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熊野エクスプレス38号発行

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ぼくが編集長をしている熊野フリークのためのメルマガ「熊野エクスプレス」.。ここんとこ、ばたくっていたんやけど、本日38号を今日発送しました。肩の荷が下りましたわ。やれよーです。

昔は年間に何回も発行していたのですが、最近は中だるみで、今年はまだこの38号で1回だけ。これはいかんと思いつつも、なかなか編集する気になれなかった。でも編集を終えた今、まんどく感を味わっております。今回も11ページの豪華版です。

熊野の人は、文章はうまいし、ユーモアのセンスもあるし、粋ですわ。それと、読者のメールを拝読すると、みんな勉強家ですね。定年退職して、放送大学で博士号を取った人とか。趣味の絵の個展をやる人、小説を書く人、自分史を自費出版する人、朗読する人、フラメンコする人、サーフィンに狂った人、海外旅行へ行く人などなど。老いてますます盛ん。学習するのに遅いことはない、を実感しています。

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JATAに行ってきました

昨日から、東京ビッグサイトで開催されているJATA(国際旅行博)に行ってきました。初日の昨日はマスコミと旅行業界の人たちの招待日でした。今日と明日(土・日)は一般に開放されています。

JATAでの楽しみのひとつは、取材で外地でお世話になった方々に会えること。今回は、ローマ、アテネ、マレーシア、サンfランシスコ州、ユタ州、キューバ、ハワイの方々と旧交を温めました。また、同業者のライターやカメラマンともひょっこり出会えるのもうれしい。カリフォルニア、ハワイ、バリ島、マレーシアで一緒だったジャーナリストにも会うことができた。

毎年出席していて興味があるのは、ブースの規模。やはり元気な国々はブースもでかいし、スタッフも多い。昨年も今年もイタリアはほとんど各州のカウンターがあったし、その夜のパーティもホテルニューオオタニでの豪華なものだった(小生も出席)。ほかには中国・韓国などのアジア勢。スリランカもベトナムも元気がよかったな。それに引き換え、アメリカ各州はちょいと小ぶりかな。ハワイのブースも以前よりか小規模だった。

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マレーシアから無事帰国

8日朝、マレーシアから帰国。
今回は11日間の旅で、特にボルネオ島のサラワク州(マレーシア領)のムルの洞窟が面白かった。洞窟があるグヌン・ムル国立公園は世界遺産に登録されていて、今回僕は4つの洞窟を取材した。それらはラングス、ディア、ウィンド、クリアウォーター洞窟で、地球の生きた標本だ。詳細は今度書きます。

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写真は、ムル洞窟のひとつクリアーウォーター・ケイブへ行く途中。マリナウ川を細長い木船で遡る。ジャングルの中のクルージングは気持ちいいね。せせらぎの音、鳥の声、風が耳をかすめていく。途中に少数民族のペナン族の集落があり、立ち寄ったりした。半島側のマレーシアもいいけど、ボルネオ島のマレーシア領・サラワク州はワイルドで、アウトドア好きにはたまらんところだ。次回はピナクルズ無数のライムストンが屹立するアピ山の奇観を見に行きたい。山小屋で2泊するという強行軍だ。

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マレーシア取材

マレーシア取材に行きます。
今年がマレーシア独立50周年。日本から23人のプレスが出席します。小生もその一人。全世界から350人ものジャーナリストが集うようです。クアラルンプールでの式典やパレード、花火などマレーシア政府は力を入れています。
今回は、クアラルンプール、マラッカを取材した後、ほとんどのプレスは帰国しますが、ぼくはひとりでボルネオのサラワク州(東マレーシア州)に飛び、世界遺産の鍾乳洞を取材します。

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どえらい暑い!

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           熊谷のカラスも落ちる酷暑かな
水を撒くひしゃくの先に犬の糞
           駄菓子屋の水鉄砲に水かかる
打ち水やかさぶたも土地に返そう
          

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