初めての大学での講師体験
昨日、明治大学で2つの講義をしました。
明治大学がシニア世代に開講しているリバティアカデミー(受講者30名、駿河台校舎)と、和泉校舎での全学共通講座(受講者200名)の授業でした。
2つの講座のテーマは「生と死を考える」という、小生には全く似つかないもの(苦笑)。いろいろ考えた末、僕は、インドネシアのスラウェシ島の葬儀儀礼の話を中心として話をすることに決めました。
スラウェシ島のタナトラジャ県では「生きるより死ぬほうがお金がかかる」という土地柄で、葬儀は故人の、徳・冨・地位を表すものとしてとても重要です。葬儀を見るツアーもあり、タナトラジャ観光は特にフランス人に人気です。
人が死ぬと、トンコナンと呼ばれる伝統的舟形家屋にしばらく安置し、家族は死者と一緒に過ごします。昔の日本にもあった「喪がり」と同じですね。葬儀まで、遺体は「病人」と考えられ、葬儀の準備が始まって初めて遺体となる。そしてトンコナンの西側の部屋に移されて、南枕で寝かされます。北半球に住む我々の方位観とは全く逆ですね。

↑伝統的な舟形家屋、トンコナン
寝棺は輿に載せられ、村の郊外のリアンという墓場に運ばれます。トラジャの墓は岩にあけられた穴で、そこに入れ風葬です。かれらの考えでは、死は生の対立物ではなく、生を意味づけるもの。物事の終わりではなく、むしろ始まりと考えているようだ。だから、結構あっけらかんとしていると、地元で聞いた。
かれらの方位観は北重視で、トンコナンの正面は北向きです。北は「生」「やる気」「頭」などのプラスイメージで、南は「死」「尾っぽ」などのマイナスイメージ。一方、東は太陽が昇るところでプラス、西は太陽が沈むtころでマイナスなんです。だから東北の方向が大吉となります。南西はその逆です。
葬儀は何日にも渡って行われ、水牛が生贄として供えられ、葬儀の場で山刀により一突きで殺されます。この水牛の多さで、故人の地位が証明されると言われています。1993年の大きな葬儀では120頭の水牛が供物となったそうです。その肉は参列者に配られます。
水牛1匹が8万円と言われますから、葬儀をやる家族は大変です。特に黒とピンク色が混じった水牛は珍重され、1頭200万円もするそうです。そういう特殊な水牛は、子どもの頃から目をつけて予約しておくそうです。ちなみに、タナトラジャでは水牛は農耕に使うのではなく、葬儀用だとのことでした。
ま、そんな話を中心に、バリ島、エトルリア(イタリアの古代国家)、グアテマラ、ネイティブアメリカンの死生観などを語りました。
また各国のスライドを見せながら異文化体験の必要性を話しました。
シニア世代の受講者は、平均年齢65歳。みんな知的レベルが高く、一生懸命、小生の漫談を聞いてくれました。一方、いまどきの学生は、しゃべっても反応する空気感がなかったですね。
でも授業が終わった後、教壇の僕のところに6名の学生が、これから行く海外旅行の旅の相談にやって来ました。ひとりはイタリア、もうひとりはインド、あとはタイとかエジプトに行くと行っていました。
この10年で20代の若者の海外渡航者数は30%も減っているという。つまり1996年の20代の若者の渡航者数は463万人、10年後の2006年は298万人と少なくなっている。パスポートを取得するのが面倒だと言う若者が増えているそうだ。バーチャルで体験したと錯覚している輩が多いのだろう。僕は学生に向けて、時間がいっぱいある学生時代に旅に出なくてどうするとハッパをかけたかった。少しは通じたかな。
1コマ90分の授業を2つ、同じ日にやったので疲労困憊。久しぶりに脳の芯が疲れましたです、はい。









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