「私の上に降る雪は」
昨日、東京駅近くのホールで『中原中也「私の上に降る雪は」』の朗読公演があり、行ってきました。20年来の酒飲み友達、声優の長谷由子さんがプロデュースしたものです。彼女はテレビなどのナレーションで大活躍なのですが、あの成田空港の搭乗アナウンス「JAL001便、ただいま搭乗手続きをしております」なども彼女の声です。関空への電車の車内アナウンス、JR東海の新幹線グリーン車のオーディオ案内も担当しています。
昨年、僕が仕掛けて長谷さんに朗読の入門書「朗読日和」(彩流社)を書いてもらいました。朗読の入門書と自負しています。この本は気分的には共著のような感じ。本はなかなか好評のようです。
長谷女史とはよく会って飲むのですが、その席で声優やナレーション仲間をたくさん紹介してくれます。ナレーター業界の大御所である槇さんとか、TBS系の「情熱大陸」の名ナレーションの窪田さんは今やダチです。昨年、長谷女史の朗読舞台で、窪田さんは僕の旅のエッセイを読んでくれたこともあります。
今回の公演では、5人(男性2人)が舞台に上がり、進行役の声優が中也の生涯を語るナレーションで進行し、男性ひとり、女性ふたりが中也の詩を、素敵なギターの演奏をバックに、朗読しました。もうひとりの女性は、中也の恋人・長谷川泰子になりきって、和服姿で艶っぽく大正女を演じました。
中也が16歳のときに、京都で女優の卵であった長谷川泰子と知り合い同棲。しかし、彼女は中也の文学仲間である文芸評論家の小林秀雄のもとに行ってしまいます。中也は昭和13年、31歳の短い命を閉じました。
今回の公演は、彼らの師匠で、声優・ナレーター・舞台朗読家である小林恭治さんへの追悼公演でした。
1時間10分の公演で、17もの中也の詩が読まれました。有名な「汚れちまった悲しみに」から始まり、「月夜の浜辺」「サーカス」「夏の世の展覧会はかなしからずや」、エンディングは「別離」でした。特に3人で順番に朗読した「別離」は秀逸で涙が出てきました。頭の上から中也の吟味された言葉の数々が粉雪のように僕の全身を包んでくれました。
言葉の力はすごいですね。僕は父の死を思い出しました。そういえばそろそろ7回忌です。熊野の浜で親父と石投げをしたことや、戦争で行ったニューギニアの話などを思い出しました。
親父、お袋の臨終に立ち会って、2人から「さようなら、世話になりました」ということばは聞こえてきませんでしたが、身体がそう言っていたと僕らは確信しました。
さようなら、さようなら!
いろいろお世話になりました
いろいろお世話になりましたね
いろいろお世話になりました
・
干された飯櫃(おひつ)がよく乾き
裏山に 烏が呑気に啼いていた
ああ、あのときのこと、あのときのこと・・・・・
学生時代に愛読した中也の詩。「サーカス」も「月夜の浜辺」も好きです。朗読を聴いていて、通っていた池袋大学正門前にあった「ゆやゆよん」という食堂を思い出しました。中也好きの元活動家(多分)がオープンした学生向きの食堂で、一種のアジトの雰囲気。僕も時々食べに行ったことがあります。その連想で、久しぶりに大学時代、池袋大学近くの要町での下宿生活を思い出しました。
●今日の感動を、文体模写で中原中也風に、いわゆるパロディで表現してみましょう。
私の上に降る言葉、空は高く高く 僕は見ていた
黒潮の浜辺にトンビが歌い おがくずの匂いがするよ
親父の背中が世界地図を生み
石を遠くへ投げろというが うまく行きません
センベイがトタンを食べ 熊野の海はまっぴらぴ
海の向こうにあるという セイレンの棲む海に溺れる
珊瑚の海底で泣く 石たちのga gi gu ge go
ポけっとに手をつっこみ 蝋燭片手に神倉山を見る
潮の流れよ 風が鳴って
電線がひねもす海で踊っています
さむうい ぬくうい 湯や保温
海は冷たい顔を持ち、魚は珊瑚とダンスかな
ベートベンとシューベルト 空が真っ赤に染まります
空に向かってぴーぴりでぃ 千の天使のキャッチボール
幾時代かがありまして 青い戦争ありました
夏の真昼の静かには 南洋兵士は孤独です
夏の風は椰子の色に染まり マンゴーを食べています
遠い昔のニューギニア 海行かば戦友は静かです
今夜浜辺でひと酒盛 空に真っ赤な火の玉だ
米軍機がワルツを踊り 生暖かいおならを吹き放っています
許された一日が終わった今
今日はほんまにお世話になりました
さようなら ほんとにお世話になりました
背中の地図にもさようなら
充実したいい1日でした。由子さんに感謝、合掌。



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