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大阪出張、友人との40年ぶりの再会、スパイス取材

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スラゥエシ島(インドネシア)で見た丁子

先週の土曜日、久しぶりに大阪「出張」。取材ではなく「出張」だ。今年、僕が好きなある国の広報の仕事をするようになり、大阪のテレビ局スタッフとの打ち合わせがあったからだ。要するに、その番組のために、こちとらの協力体制と、航空会社の条件、旅行会社の協力などなどを話し合った。

そのあと、大阪の有名雑誌「大人組」の編集部へ。このシニア世代向けのビジュアルな雑誌に、コラムを書き始めて3年以上になる。次号で50号記念号となるので、旅の話をしてほしいという連絡があり、タイミングよく大阪出張があったもんだから、編集長に会いに行ったわけだ。2時間ほど、旅の穴場、持ち物などをしゃべった。
3月10日発売だそうだ。

その後、大阪の漢方薬局のH夫妻に案内されて、お好み焼きを食べに行った。美味満点。これを食べたら、他の店に行く気がなくなったなあ。仕上げは、ちょいと危ないバーへ。

翌日は、高校時代の友人O君と40年ぶりに会った。彼はサイトで故郷の情報を検索していて、僕のブログに突き当たったという。いやあ、懐かしかった。彼とは小学校、中学校も一緒だった。現在、建築事務所を開き、大学で建築学の講師もしているという。

ランチは難波で、僕の友人の水中カメラマンT君も交えて。それぞれ一匹狼なので、話は面白い。T君とは10年ぐらい前にマレーシア取材で知り合った。当時、マレーシアは年に1回、世界中の旅ジャーアナリストを40人ぐらい招待していた。俺らは東京代表、T君は大阪代表だった。彼は高知の四万十川河口出身で、四万十川の鮎の生態の撮影をライフワークとしている。また、シンガーソングライターとしてCDも出している多才な人だ。

帰京した翌日は、雑誌の仕事でスパイスの講習会に行き、スパイスがいかに体にいいかの話をじっくりと聞いた。僕は、インドネシアのモルッカ諸島などでスパイスを取材し、交易品としてのスパイスに大変興味がある。つまり、スパイスを媒介とした東西交流、海のシルクロードのことですわ。

17世紀からの東南アジアでの、ポルトガル、スペイン、オランダ、イギリスとのスパイスを巡る攻防戦。つまりインドネシアの島にある丁子(クローブ)とナツメグの争奪戦だった。結局オランダが制することになる。オランダとイギリスとの小競り合いには、両国の軍隊に日本人傭兵がいたという。ベトナムやフィリピンなどの東南アジアの日本人町にいた日本人が応募したのだろう。この話は、亡くなった作家・新宮正春氏から聞いた。いつかこのネタで小説を書きたいね。

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変なメールが多いんです、最近。

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↑東京タワー近くの増上寺境内で

昨日今日と温かい。20度だぜ。変な天気だね。この陽気で梅も元気づくだろうね。

変といえば、ホームページとかブログを公開していると、時々不思議なメールが来るんだよね。このコラムのタイトルは、なんや宇能鴻一郎の小説みたいだけど。「私、最近こまっているんです。変なメールが来ちゃって」なんちゃって。

あなたの弟子にしてほしいとか、ブログの話に書かれていた人は私の知りあいだとおもうけどメアドを知らせてくださいとか(僕のブログ、08-10-27を読んでみてください)、来月南米に行くので情報を教えろとかね。弟子にしてくれとメールを書いて寄こした立命館大の女子学生、俺がギリシャ取材の前日に一生懸命書いた返事には、ちゃんと返事をしなさいな。それが大人のルールってものだろう。

それらのメールには「愛」はないのね。○○様(俺らのこと)。初めまして、自分はこういうもんです。あなたのサイトでこんな記事を見つけました。こういうことについて教えていただきたい、なんて謙虚な姿勢がない。もちろん、ネットならではのいいメールもある。熊野古道を旅した人が僕のサイトを見つけてメールをくれるとかね。

以前、このブログにタモリと写真家浅井慎平さん、僕とのエピソードを書いたら、読んだ人からこんなメールが来て、僕はぶっとんでしまった。その内容は・・・

「過去にタモリさんとの遭遇があったこと羨ましい。でも、人生が空しくて、寂しくて、たまらなく侘しくなってしまっている私を、タモリさんは唯一、“生きてるのも悪っきゃない”と瞬間、楽しく思わせてくれる人なのです。しょっちゅう、タモリさんとの夢をみます。そしてタモリさんの独特の優しさに触れ、ほんわかと、とても素敵な気持ちに浸れて、次の一日は幸せ気分で過ごします。ですから、どうかタモリさんを呼び捨てにしないでください」

どうも、僕がタモリを呼び捨てにしたのが気にくわないらしい。しかし、知り合いを呼び捨てにしては悪いのか。

ほいで、先日、こんな変なメールが届いた。
「前略 今掲載されている私のことに関しての物は全て、大至急削除願います。よろしくお願いします」。

おい、ちゃんと自分を名乗れよ。最初の○○様、初めましてもなし。自己紹介もないし、結末に自分の名前も書いていない。

発信者の名前から女性と分ったが、なんや芸名みたいでリアリティがない。この女性、俺らにはまったく心当たりがないんだよなぁ。どこそこの、この箇所の記事が気にくわないと言われればわかるけど、探しようがない。最近、こんなぶしつけのメールが多いんだよな。

以前、ルール無視のメールが来てこのブログで批判したので、ひょっとするとその女性かいなと思い、名前をチェックしたけれど、そうでもない。うむ。僕は新手の詐欺かいなと思った。このメールに過激に反応すると、こちとらのメールアドレスを確認され、その後ややこしいことになる・・・

で、放ったらかしにしていたところ、友人の写真家S君から電話がかかってきた。「サイトの削除の件なんですけど・・・、ごうさんのサイトにアップしている僕のメルマガを全部削除していただけませんか」。彼に名前を削除してほしいという女性からメールが来たそうだ。名前を聞くと、僕にメールを送ってきた女性と同じ名前だった。

S写真家は沖縄で巨石信仰の深遠さに目覚め、ずっと日本のみならず世界の石信仰を取り続けている。今年、世界の巨石信仰を撮影するために、美人の新婦と世界一周をする人だ。僕は彼のメルマガを僕のホームページにアップしてきた。

国内の石信仰を撮影するために車に寝泊りしながら、各地で写真展や講演会を催してきた。ここからが今回の趣旨ですよ、皆さん。

で、彼が東京に戻ってきたときに講演会をやったわけや。彼は優しい人で、彼のメルマガに、講演にきてくれた人の名前をすべて列挙し、「みなさんの援助のおかげで、旅が続けられます」の精神で、感謝の意を表明した。4年前の話だ。

今回のクレームは、このS氏のメルマガに載っている「私の名前」を削除してくれという依頼だったのだ。みなさん、単なる名前だけですよ。彼女は数十人の彼の講演会への出席者のひとり。名前のみ。発言内容など何も載せていない。その会に出席したことが知らされたのが気にくわないらしい。別に「憲法9条を守ろう」のような、ちょいと政治的な会でもないのになあ。

S写真家からの電話の数日後、その女性から、配達証明付の手紙が僕の元に届いた。
「私の名前を大至急、削除してください」とのこと。筆跡や書き方から、60代(多分)の社会的なことに興味があるオバサンと推測した。

僕はなんやらかんやら和歌山県という気持ちで、僕のサイトを作ってくれたN君に電話し、S氏のメルマガすべての号を削除した。もちろんS氏の承諾済みだけど。世の中には、こんな人もいるんだねえ。故郷の熊野の言葉でいうと「かまってほしい」のかいの。寂しいのかいのう。

サイトに人の名前をアップすることにはナーバスになれ。というレッスンだと、僕は思った。


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ラジオで推理

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↑コロラド州ボーダーで

僕がラジオにいかれている話はこのブログでも再三再四書いたのだけれど、しかし聴くのはベッドの中だけだ。事務所でもラジオはほとんど聴かない。時々、原稿執筆のバックグランドとして、AFN(昔のFEN)をかけるぐらいかなあ。

そのラジオの楽しみのひとつは、スイッチを入れたときに聴こえてくるゲストの声、話す内容から誰であるかを推測するゲーム。テレビと違い顔が見えないから、声に神経を集中していろいろと想像を張り巡らしながら、あの人かいな、いや違うなどと推測する。これはなかなかの知的ゲームだ。ピタッと当たったときは、思わず布団の中で「やった!」と、にんまり。

子どもみたいな単純な遊びなのだけれど、こういうことって、脳の活性化に役立つにちがいない。やはり日ごろの好奇心と読書量が決め手だね。

一昨日、朝4時過ぎに目を覚ました。還暦を過ぎると、朝4時頃に目が覚めることが多い。すぐNHKの「深夜放送便」にダイヤルを回す。朝の4時からは、1時間のインタビューの時間があり、芸術家や俳優、音楽家、学者、宗教家、ボランティアなど、興味ある人物が登場する。ロングインタビューなので聴き応えがある。僕はこれが好きなのだ。みなさん、ラジオを聴きましょう。僕は[ラジオ聴きましょう推進委員会]の広報部長なのだ(ほんまかいな)。

その日、インタビューはすでに始まっており、その日のゲストはだれだか知らない。老人の声が聞こえてきた。彼を仮にA氏としましょう。A氏は満州からひとりで日本に帰ってきて江田島の海軍兵学校に入ったとしゃべっている。江田島にいたときに広島に原爆が投下された。敗戦。その後、上京し上野でホームレス生活や、池袋のテキヤの親分に気に入られ、その後は闇屋生活・・・。その間、ドフトエフスキーの著作を読み耽ったとA氏は淡々と話している。僕はこの辺から、このゲストはひょっとすると中央大学名誉教授の木田元氏じゃないかと推測した。

話は続く。山形県新庄市の親戚を頼って疎開、家族が満州から帰国してきて一緒に生活をする。農業学校へ入り、ハイデガーの著作に遭遇。魅せられ、東北大の哲学科へ入学したなどと話している。

木田教授は哲学者でハイデガーの研究家として有名。僕は、彼の本を2冊ぐらい呼んだことがあり、「闇屋になりそこねた哲学者」(晶文社)などの著作を知っていたからだ。

話を聴いていると、キルケゴールやニーチェ、ハイデガー、サルトルの話がぼんぼん出てくる。僕は木田教授に間違いないと確信した。番組が5時前に終わり、今日のゲストの紹介があった。やはりピンポン。木田教授だった。少し幸せな瞬間だった。いい気分で再度眠りについた。

起きるとすぐに、町田の本屋で「哲学は人生の役につのか」(PHP新書)を買った。経歴がユニーク、言っていることも面白い。今読んでいる最中だけれど、今までのどんな哲学入門書より、僕にしっくり来るようだ。

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