丸木舟完成
3月27日の朝日新聞夕刊の記事「丸木舟完成 来月出発へ 新グレートジャニー」を読んで、僕は新たな感動にとらわれた。上の写真の記事だ(クリックすれば写真が大きくなり、記事が読めます)
というのは、冒険家であり武蔵野美術大学教授である関野吉晴さんが、インドネシアのスラウェシ島からフィリピン経由で、日本人が移動した南方ルートを実証する旅に出るという話だ。
関野氏は、これまでに人類の移動を逆に辿り、南米の一番南から旅を開始しアフリカまで人力で行ったすごい人だ。自転車、カヌー、馬などを利用し、文明の利器を使わず世界一周をした冒険家である。確かTBSだと思うけど、彼の足跡を追ったドキュメンタリー番組「グレート・ジャーニー」を見た人がたくさんいるに違いない。
で、僕との係わりだけど、昨年初夏、「伊勢・熊野路を歩く」(発行ウェッジ)の取材で故郷の熊野に帰った。池袋からの深夜長距離バスを利用した。新宮駅に着きバスを降りたら関野さんがバスのそばで荷物を受け取っていた。
あ、関野さんだと思った。僕は面識はないけれど、顔は知っていた。なんで熊野に来ているのかな。同じバスに乗っているのを知っていたら話したかったなと思った。
というのは、関野さんの「グレートジャーニー」に同行したS君が僕の友人だからだ。S君は僕以上に世界各地を回り、現在「地平線会議」の世話役で、また世界で2人しかいない「カーニバル評論家」(本人談)。関野さんのテレビの番組で、S君がパナマあたりでカヌーを漕いでいるのを見ていたし、彼と会ったときに各地で先乗りとして取材許可などを政府機関などに交渉する苦労話を聞いていたからだ。
僕の熊野取材が終わり、東京行きの深夜バスを待っていたら、関野さんがリュックを担いで来るじゃ、あーりませんか。僕はすぐに話しかけた。S君の友人で、大兄の話はよく伺っていますと。
僕は深夜バスの彼の隣に席を替えてもらって、話を聞いた。
熊野に来た理由は「新宮にいい鍛冶屋がいると紹介してもらい、その人にマサカリを作ってもらい、それを取りに来たんですよ。今度の航海で使う舟は全部手造りなんです」。その鍛冶屋とは新宮市相筋(あいすじ)の大川鍛冶屋だった。僕が子どもの頃、親父に連れて行ってもらった鍛冶屋だ。
話は盛り上がり朝方までしゃべった。
関野さんが出航するインドネシアのスラウェシに、僕も1ヵ月後に行くことになるという偶然も重なった。僕の場合は有名なトラジャコーヒーの取材だったんだけどね。
南米最南端のフェゴ島のインディの生き残りの人の話、パナマでカヌーによる国境越え、ベーリング海峡をアラスカからロシアへカヌーでの航海、アマゾン川奥地の先住民の話など興味は尽きることがなかった。
「今回の旅では、船の材料や道具はすべて自然の中から集めました。古来の人間と同じ方法です。丸木舟を造るマサカリの材料の砂鉄も千葉の海岸で、学生と一緒に集めたんですよ。それを大川鍛冶屋さんに渡して、マサカリを作ってもらったんです。いい仕上がりで大変満足しています」。島の長老たちに舟の作り方を習い、カヌー型の舟が完成した。
関野さんは学生たちと一緒に4月にスラウェシ島を出発する。台湾やマレーシアを通り、2年をかけて航海する。
その丸木舟を作ったマサカリは新宮産。新宮人としては嬉しい限りだ。「新グレート・ジャーニー」がうまく行くことを!旅路平安♪
詳細は、
http://www.asahi.com/travel/news/TKY200903270103.html
関野さんのサイトは、
http://www.sekino.info/



Comments
面白そうな話ですね~。
なんで、新宮の鍛冶屋さんやったんでしょうね?
人類がベーリング海峡を渡って、マゼラン海峡まで南下したのは楽しみやったんか、苦しみやったんか。
ま、悲喜こもごもなんやろけど、イケイケやったんやろの~。
嗚呼、人類は増えすぎた~!
Posted by: C坊 | March 31, 2009 at 08:27 PM
C坊さん
関野さんに聞くと、ナタを作るいい鍛冶屋がいないかと、武蔵野美術大学の学生に話をすると吉野の刀匠を紹介され、そしてそこから大川の鍛冶屋に話がいき、依頼したそうです。
いやあ、人類がマゼラン海峡を渡ったのは1万5千年前。そりゃ大変な試練やったでしょうねえ。
Posted by: ごう | March 31, 2009 at 08:54 PM
人類と言う奴は、或る程度に成ると、何等かな神の仕業とかで、絶滅に近い転変地異とかウイルスとかで、淘汰されるかまたは、大戦争等で、原点に戻ると言う様に、インプットされて居る生き物なのだろうか?なと思えて来る。人間の頭脳以外の、優れたコンピュウターのような世界に入ると、自滅に向かう様に、インプットされた、生物では無いか?
次の、熊エプは、熊野原人についてかな?
今の、熊野の奥山で、秘かに地元住民に隠し守られて居る原人が居るなーーーーんてね。
Posted by: まさ家 | April 03, 2009 at 01:16 AM
まさ家大将
大将の興味にピッタリの本紹介します。
「銃・病原菌・鉄」(草思社 上下巻)です。
本書のテーマは「なぜ人間は5つの大陸で異なる発展を遂げたのか?」。タイトルの3つのキーワードを中心に、この壮大な謎を1万3000年前からの人類史を辿りつつ、最新の科学、考古学、文化人類学の手法で解き明かしていく本です。
1998年にピューリッツア賞受賞。いい本です。僕は近いうちに再読する予定です。荒尾書店に注文してね♪
Posted by: ごう | April 03, 2009 at 02:26 PM
まいど。
3年前だったかなあ。ホノルルに行った時にホクレア号という帆船をみました。筏に近いもので、古代ミクロネシア辺りから今のハワイに来た人たちの航海術をそのまま伝承すべく太平洋を渡って日本にも寄った船です。
星を道しるべにし、風を頼りに、そして海鳥や空の表情を観察しながら大海を走る姿は古代との時間を共有できるようなそんなロマンがあります。
丸木舟は、現代人が忘れてはならない大切なものを教えてくれているような気がしてならないなあ。
Posted by: わらじ | April 05, 2009 at 12:56 AM
わらじ大兄
そのホクレア号の船長、ナイノア・トンプソン氏にホノルルで会ったことがありますよ。ホノルルから沖縄経由で東京に行くセーリングの前でした。
ナイノア氏は、古代ポリネシアの航海術を復活させた人として有名です。
彼はミクロネシアのサタワル島の老人から古代航海術、つまり近代的計器を一切使わずに、星や波や風や島を読みながらの伝統的航海術を習い、1976年にハワイ人のルーツといわれるタヒチへの4000キロの大航海に成功しました。
彼はハワイの英雄で、実に物静かな頭のいい男、しかもハンサムでした。
ホクレア号が日本へ来たとき、新宮の三輪崎港にも立ち寄りました。
Posted by: ごう | April 05, 2009 at 11:17 AM
こんばんわ。
スケールの大きな話ですね。冒険って、わくわくします。
熊野古道を、京都から人力で通して歩いてもグレートジャーニーには、なりませんかね!?
大川鍛冶屋さんは、知りませんでした。機会があれば行ってみます。鍛冶つながりで巨人の鍛冶前選手の父親が、新宮出身という噂を聞きましたが(笑)
アリゾナに竹林パワーのギターリストさん(似)がいたのは、面白いですね。ホントにいそうです。
では、改めまして、観光大使様。
私、この4月から、なんと観光担当の部署に異動になりました。初めて部署で、てんやわんやしてます。杉さんがいなくなってパワーダウンは否めませんが、なんとか頑張りたいと思います。今後とも、色々とお世話になりたいと思いますのでよろしくお願いします。
Posted by: HB | April 06, 2009 at 10:49 PM
HB君、
栄転おめでとう。
熊野再興のために、協力しまっせ。
4月27日発売の雑誌「一個人」に熊野古道の原稿(わずか2Pだけど)を書きました。読んでみてください。
大川鍛冶屋は新宮の文化遺産です。あそこの家族もユニークだと文春のW氏から聞きました。
そうそうアリゾナのセドナでネイティブ・アメリカンの兄やんに会いました。いい奴でしたで。ほんまにH君そっくり。今度そっと写真送ろうかいの。
今後ともよろしくね。
ごう拝
Posted by: ごう | April 07, 2009 at 01:59 PM
ごうさん、
こんばんは。これから鮭のお頭をグリルで焼きます。まだ雪が残っていてひんやり。4月なのになあ。
やっぱり会っていましたか。英雄ですね。私も一度会ってみたいと思っていますが、ハワイに行くと島民と間違えられるしなあ。(笑)
先人の知恵は見直すべきだし、守らないとね。
Posted by: わらじ | April 08, 2009 at 08:46 AM
わらじ爺さん
コロラドはまだ雪に覆われていますか?
東京は23度ですよ、今日は。
ホノルルの、としさん帰国中で、先日会いました。
Posted by: ごう | April 13, 2009 at 10:54 PM
ごう爺さん、どうも。
平野部の雪はほとんど解けましたが山岳部はまだ真っ白です。東京は23℃ですか?夏日ですよね、この時期だと。(驚)そういえば先日日焼けしたという仲間がいましたが、彼は奈良。日本は熱帯化しているのでしょうか?およよ。
としさんとの再会。有意義だったろうなあ。次回はうまく帰国のタイミングあうといいなあと思っています。
Posted by: わらじ | April 15, 2009 at 02:40 AM