ルイジアナ州のケイジャンたち

↑ラファイエットの、ケイジャン・カルチャーセンター。ケイジャン語の辞書が並べられていた。
今日の夕刊紙を読むと、あのボンクラ首相がまたやってくれたそうです。都議選の応援で「必勝を期して」というところを「惜敗を期して」と演説したという。
「必勝」と「惜敗」。普通の脳みそがある人なら、こんな間違いはないだろうね。候補者も支援者も顔が引きつった様子が目に浮かぶようです。漢字が読めないどころか、一般的な日本語が浮かばないのが我が馬鹿首相でありまする。「自分のことを少々アホ]と自虐ネタを言っているらしいが、「アホ」はまだましじゃぁ。国民感情から言うと「どえらいアホ」の二乗である。恥ずかしい。哀しい。早く、辞めてくれぃ。
・・・と、日本を憂いながら、マクラの話とは全然関係ないけど、以下関西のシニア雑誌「大人組」に連載しているコラムを転載します。アメリカのルイジアナ州に住むフランス系のケイジャンの人たちの話なんです。アメリカは広い。いろんな人たちが住んでいるなあと、行くたびに実感しています。
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ルイジアナ州を代表する町といえばニューオリンズだ。その「ジャズ発祥の町」の西部からメキシコ湾に沿い、テキサス州との州境にかけて、古いフランス語を話すカナダ系フランス人が住んでいる。そのエリアは「ケイジャン・カントリー」と呼ばれている。
その名前の由来が興味深い。カナダ東海岸のノバスコシア半島周辺はアーカディアと呼ばれていた。17世紀、フランス南西部から多くのフランス人がこの植民地に移住し「アーカディアン」と呼ばれた。18世紀に入ると、イギリスがこの地方の支配力を強め、人々にフランス語を捨て、イギリス国王に忠誠を宣言しろと強制してきた。
←ケイジャンの末裔の女性、ルックスはフランス顔ですね
これを拒んだアーカディアンは土地を奪われ、ある者はカリブ海へと向かい、またある者はルイジアナ州へと新天地を求めて逃げた。後にアーカディアンは訛って「ケイジャン」と呼ばれるようになった。
彼らはルイジアナにカトリック、音楽、料理、言語など新しい文化をもたらした。特に料理への貢献度が高く、南西フランスの伝統的な家庭料理を、シーフードにチキンや野菜、ハーブやチリペーパーなどで味付けし、ケイジャン料理として作り上げた。代表的なものは炊き込みご飯の「ジャンバラヤ」、オクラを使ったブイヤベースの「ガンボ」などがある。
音楽の伝統も引き継いでいった。ケイジャン音楽はアコーディオンとフィドル(バイオリン)を基本に、ラブボード(ブリキの洗濯板をスプーンで擦る楽器)で構成された単純明快で陽気なダンス音楽だ。
ケイジャンたちの子孫が多く住むラファイエットには「フレンチ・ルイジアナの首都」というキャッチフレーズがあり、アーカディアンの文化センターもある。17世紀にフランスから最初の移民がアメリカに到着して以来、英仏の争いに翻弄された少数民族の歴史が展示されている。彼らを支えていたのはカトリックと音楽だった。
ここで駄句を・・・
六月の路上に魂のジャズ漂流す
ビール瓶六月の暑さを封印す
硬質の光の中に墓のオブジェ
六月のジャズ「欲望」から「墓場」に流る
汗ばんだ黒肌にラム三杯ギフトしよう
ジャズの町暗いホールで植草甚一す
黒肌のラッパの音は葬送歌



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